大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)5170号 判決 1960年8月09日

原告(反訴被告) 株式会社寺岡製作所

被告(反訴原告) 水野政博

主文

一、被告は訴外大陽商事株式会社に対し、別紙目録記載建物について大阪法務局昭和三〇年一月一一日受付第二五三号を以てなされた被告を取得者とする代物弁済を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二、本訴訴訟費用は被告の負担とする。

三、反訴原告の反訴請求を棄却する。

四、反訴訴訟費用は反訴原告の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という)訴訟代理人は、

本訴につき、第一次的請求の趣旨として主文第一、二項同旨の判決を、

第二次的請求の趣旨として「訴外大陽商事株式会社が被告に対してなした別紙目録記載建物の所有権移転による代物弁済は、金五、五〇〇、〇〇〇円の限度でこれを取消す。被告は原告に対し金五、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年一一月九日から右支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに右金員請求部分につき仮執行の宣言を、

第三次的請求の趣旨として「訴外大陽商事株式会社が被告に対しなした別紙目録記載建物の所有権移転による代物弁済はこれを取消す。被告は右建物につき大阪法務局昭和三〇年一月一一日受付第二五三号を以てなされた被告を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、

反訴に対する答弁の趣旨として第一次的に「反訴請求を却下する反訴費用は被告の負担とする。」との、第二次的に主文第三、四項同旨の判決を求め、本訴請求の原因、反訴請求の原因に対する答弁として次のとおり述べた。

一、第一次的請求の原因

(一)  原告は電気絶縁材料等の製造、販売を目的とする会社であり、訴外大陽商事株式会社(以下大陽商事という)とは右会社に原告製品を売渡して取引があつたが、右会社の代金支払が遅滞しがちとなつたので、その処理のため昭和二九年一月三〇日両者間に左のような取決めがなされた。

すなわち右同日現在における大陽商事の原告に対する売買代金残債務を金五、五〇〇、〇〇〇円と確定し、これを消費貸借の目的となした上、その弁済履行方法として、大陽商事は同年四月より毎月一五日に金一五〇、〇〇〇円宛、但し最終回は金二五〇、〇〇〇円を分割支払うこと、利息は年五分の割合で毎年四月、一〇月の各末日に支払うこと、もし右分割支払を六回以上怠つたときは大陽商事は期限の利益を失うべき旨を約し、併せて、前記債権担保のため、当時大陽商事の所有であつた別紙目録記載建物(以下本件建物という)につき抵当権を設定し、かつ右物件を目的とする代物弁済の予約を結んだ。

(二)  右約定に基き本件建物につき、同年二月一五日付で順位第三の抵当権設定登記、順位第四の代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記がそれぞれなされたのであるが、大陽商事は前記割賦弁済を一回も履行しなかつたので、同年九月一五日(第六回目の支払期日)の経過とともに期限の利益を失い、債務全額につき履行期が到来した。

よつて原告は大陽商事に対し元本を金五、五〇〇、〇〇〇円とする前記準消費貸借上の金員支払請求権を有するものである。

(三)  大阪法務局備付の本件建物の登記簿によれば「昭和三〇年一月一一日受付第二五三号、原因同年同月同日代物弁済、取得者被告」なる所有権移転登記(以下これを本件係争登記という)がなされている。

右登記がなされたのは次の経過によるものである。大陽商事は原告との前記準消費貸借契約締結前である昭和二七年一〇月三日、訴外株式会社幸福相互銀行(以下幸福相互という)との間に、同銀行より金融を受ける目的を以て無尽債務保証、根抵当権設定契約を結び、同月一〇日付で本件建物につき債権極度額金一、五〇〇、〇〇〇円なる根抵当権設定登記、及び代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記をしていた。そして大陽商事の幸福相互に対する債務は昭和二九年三月末日において元本金三〇〇、〇〇〇円と少額の利息が残つていたところ、同年四月五日右両者間に、残債務を金三三三、〇〇〇円とし、その弁済期昭和三〇年一二月三一日、利息年五分、利息支払期日毎月末日とする約定が結ばれ、同時にさきの根抵当権を右金三三三、〇〇〇円についての普通抵当権に変更することとし、昭和二九年四月九日付で右抵当権変更登記がなされた。ところで被告は同月六日、大陽商事に代つて右債務を弁済し、その結果幸福相互から同銀行の大陽商事に対する前記債権、抵当権、代物弁済予約上の権利を悉く譲り受け、同月九日付で抵当権移転、所有権移転請求権保全仮登記移転の各付記登記を経由し、ついで右仮登記の本登記としての本件係争登記をなしたのである。

(四)  しかしながら右登記は次の理由により無効である。

イ  大陽商事と幸福相互間に締結され、後に被告が幸福相互の地位を承継した前記代物弁済予約の性質は、民法第五五六条の準用されるいわゆる一方の予約であるか、そうでなければ本契約成立につき相手方の承諾を要するものである。

もし前者であるとすれば、被告は大陽商事に対して予約完結の意思表示をしなければならないのに、これをしなかつたから代物弁済は不成立であり、又仮りに右意思表示が前記登記原因記載のように昭和三〇年一月一一日になされたとしてもこれは弁済期(同年一二月三一日)すなわち予約完結権発生前になされたものであるから代物弁済は無効である。

次に予約の性質が前記後者の場合であるとすれば、被告の本契約締結の申込みがなされておらず、仮りに右申込みがあつたとしても、大陽商事は承諾を与えていないから、代物弁済は成立していない。従つていずれにしても本件係争登記はその原因たる実体関係(所有権移転)が存在しない違法、無効のものである。

ロ  本件係争登記は幸福相互と大陽商事間の代物弁済予約に起因するものであるから、訴外大阪府中小企業信用保証協会と大陽商事間の代物弁済予約とは原因関係がなく、その趣旨の登記としては効力を認められない。しかもこれに用いられた大陽商事の登記用委任状、印鑑証明書については、大陽商事がその債権者訴外大阪府中小企業信用保証協会(以下保証協会という)に差入れてあつたものを、被告が右債務を代つて弁済することにより、右協会から交付を受け(予約上の権利等を譲受けたことはない)これを利用したものである。そうであるとすれば被告は委任の目的に反し全く別の登記をなしたのであるから、本件係争登記は無効である。

(五)  以上のように本件係争登記は無効であるから、大陽商事は登記簿上の所有名義を回復するため、被告に対し右登記の抹消登記請求権を有するのであるが、原告は大陽商事に対する債権者としてその権利を保全するため、大陽商事に代位して右抹消登記請求権を行使するものである。

二、第二、三次的請求原因

(一)  仮りに本件代物弁済が所要の手続を践み一応有効であるとしても、右は原告等債権者に対する債務者大陽商事の詐害行為である。

すなわち原告が大陽商事に対して債権を有することは前記のとおりであり、次に被告が幸福相互より譲受けその地位を承継した代物弁済の予約は、被告において本契約締結の申込みをすることができ、この場合大陽商事としては承諾の義務を負担し、承諾により代物弁済の効果が生ずることを内容とするものであるところ、本件係争登記の記載によつて見るならば、大陽商事は昭和三〇年一月一一日被告の申込みに対し承諾の意思表示をなした(少くとも登記申請に必要な印鑑証明書、委任状を交付することによりこれをなしたものと認められる)ものといわなければならない。

しかして時価金一、〇〇〇万円以上の本件建物を以て、金三三三、〇〇〇円の債務につき本来の履行方法でない代物弁済としたことは債権者を害する行為である。

(二)  大陽商事は右の当時原告以外の者に対しても多額の債務を負担していたのに対し、資産としては本件建物の他に見るべきものはなかつたのであるから、前記行為が債権者を害する意思を以てなされたものであることは明らかである。

(三)  よつて原告は第二次的請求として、本件代物弁済を原告の債権元本額金五、五〇〇、〇〇〇円の限度で取消し、目的物は不可分であるから被告に対し右取消部分の返還に代る損害賠償として金五、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三〇年一一月九日以降右支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、仮りに右賠償請求が許されないとすれば、第三次的請求として本件代物弁済の取消宣言、並びに右取消を原因として被告が本件係争登記の抹消登記手続をすることを求める。

三、反訴請求原因に対する答弁、

(一)  本件反訴請求は本訴の請求又は防禦方法となんらの牽連もなく、反訴の要件を欠き不適法である。

(二)  被告主張事実中その主張の如き各登記(仮登記及び抵当権設定登記)のある事実は認めるが、その余の事実中、本訴請求原因として、陳述した事実に反する部分はすべて争う。本件建物は少くとも昭和二七年一〇月一〇日以後は大陽商事の所有であつて、同会社と被告との契約は原告に対し何等の拘束力なく、原告がその真の所有者が被告であることを諒解していた事実はない。従つて右各登記は有効に存在を保ち得べきものであり、かえつて被告のための本件係争登記が無効であることは前記のとおりであるから、原告に抹消義務はない。

被告訴訟代理人は本訴につき「原告の本訴請求を棄却する。本訴費用は原告の負担とする。」との判決を、反訴につき「原告は被告に対し、別紙目録建物につきなされた(一)大阪法務局昭和二九年二月一五日受付第二、七五八号、原因同年一月三〇日代物弁済予約、取得者原告なる所有権移転請求権保全仮登記、(二)同法務局昭和二九年二月一五日受付第二、七五七号、原因同年一月三〇日契約、抵当権者原告なる抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。反訴費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本訴請求原因に対する答弁及び反訴請求原因として次のとおり述べた。

一、本訴第一次的請求原因事実に対し、

(一)  原告主張の事実中、本件係争登記がなされたこと、大陽商事と幸福相互間に原告主張のような法律関係が存在し、右幸福相互の権利を被告が譲受けたことは認める。しかし右登記の無効原因として原告が主張する事実は争う。代物弁済は不存在ではなく、登記原因記載の通り昭和三〇年一月一一日に有効に為されたもので、その事実経過は次項の通りである。

(二)  大陽商事は前記幸福相互との間の債務、担保関係のほかに昭和二八年三月四日訴外大福信用金庫(以下大福信用という)から金三、〇〇〇、〇〇〇万円の融資を受けるにつき、同月二日保証協会に保証を委託し、右協会との間に本件建物を目的とする極度額金三、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権設定契約、代物弁済予約を締結し、右代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全仮登記を同年九月二四日付でなした。

ところが大陽商事は大福信用からの借入金を期限である同年九月三日までに返済できず、一旦昭和二九年三月三日まで支払猶予を得たけれども右猶予期限にも完済できなかつたので保証協会は委託の趣旨に則り同年八月二五日残存債務金二、〇八四、一二五円を大陽商事のため第三者弁済し、ここに大陽商事に代位して求償債権を取得した。そして保証協会は大陽商事に対し右代金の支払を迫り、前記担保権等の実行に着手すべきことを警告して来たので、被告は大陽商事の諒解のもとに昭和三〇年一月一一日保証協会に対し元利合計金二、三四五、一〇二円を代つて弁済し、その結果保証協会の大陽商事に対して有した債権、抵当権及び代物弁済予約上の権利の譲渡を受けた。

(三)  ここにおいて被告は前記幸福相互の有した権利と、保証協会の有した権利を併有するに至り、そのいずれを行使するも全く自由な地位を取得したのである。そして右両者が大陽商事との間に結んでいた代物弁済予約の性質はいずれも債権の期限到来後にあつては債権者の一方的意思表示により代物弁済を成立させ得るものであつた。そこで被告は保証協会より承継した予約完結権を行使することとし、前記昭和三〇年一月一一日(保証協会より譲受けた債権としては、もとより原告主張のように期限前ではない)、大陽商事の代表取締役山崎敏雄に対し口頭で右の趣旨の意思表示をしたのであるが、ただ所有権移転登記については、便宜上幸福相互が保有し、後に被告が譲受けた仮登記を利用することとし、その本登記としての本件係争登記をなしたに過ぎない。従つて本件係争登記の原因たる代物弁済は有効になされ、被告は現に本件建物の所有者であるから、右登記が実体関係に符合しない無効のものであるとの原告の主張には承服できない。

二、本訴第二、三次的請求原因に対する答弁、

(一)  被告主張の事実中昭和三〇年一月一一日に本件代物弁済が成立したことは認めるが、詐害行為の存在を争う。原告主張のような債務者たる大陽商事の承諾に基く処分行為はあり得ない。

(二)  仮りに原告主張の大陽商事の行為があつても、これは債権者を害する行為でなく、又詐害意思も存在しない。そもそも本件建物の所有権は、実質的には最初から被告に属していたもの然らずとするも、建築請負人たる訴外舟橋四郎から金融を目的として信託的に大陽商事に譲渡されていたもので、建築注文者たる被告が代物弁済の形式によりその所有名義を回復したに過ぎない。即ち、右建物の敷地は被告の父の所有であつたが、被告は昭和二六年一二月頃より右地上に貸ビルを建築することを企図していたところ、たまたまこれを聞知した建築業者の訴外舟橋四郎の申出により、昭和二七年三月一日建築費は舟橋の立替払として同人に本件建物の建築を請負わせた。

ところが工事末期に至り舟橋は資金に窮し、その資材仕入先である大陽商事に金融の相談を持ちかけた結果、右両者は被告に対し、本件建物を一応大陽商事名義で保存登記した上、これを担保に金三、四百万円の融資を受け舟橋が使用すること右融資借入金については建築代金に代るものとして被告が返済し、返済ずみの上は直ちに登記名義を被告に移すことを申入れて来たので、被告はこれを承諾したのである。そして本件建物は同年九月に完成し、これを担保として大陽商事は幸福相互や大福信用から計金四五〇万円の金融を受け、内金三八九円を舟橋に交付し、他は不当にも自らの運転資金に使用していたのであるが、被告としては本件建物上の負担を除き、これを自己の所有名義とするため、大陽商事に支払つた分としては、舟橋の使用した借受金の清算資金として交付した金二〇〇万円(前記幸福相互、及び保証協会に対する弁済額を除く)、大陽商事が収受した本件建物貸室保証金一五万円、賃料金一九〇万円合計金四〇五万円の出捐をなし、又前記舟橋の関係では保証金、賃料計金九八〇万円余を同人に収得させ、建築費ないしは建物時価を遥かに超える出費をしているのであるが、このような関係の下でなされた代物弁済はその表現された面での手続経過、債権額にかかわらず、その実相において、前記大陽商事との間で約束されていた被告所有名義への回復(大陽商事の保存登記が仮装のものであることは原告も承知していた)の実現方法として利用された形式的手続に過ぎず、大陽商事としては当然の義務履行に属するものである。

(三)  よつて原告主張の詐害行為は成立せず、これに基く請求は失当である。

三、反訴請求原因、

本件建物登記簿によれば反訴請求の趣旨記載の仮登記及び抵当権設定登記がなされている。しかし前記被告の主張により明らかなように本件係争登記は有効であるから、これにより後順位となつた右各登記は抹消さるべきものである。よつて被告は原告に対し右各抹消登記手続を求める。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、証人山崎敏雄(第一、二回)、同横田千二(第一、二回)の各証言及び鑑定の結果を援用し、乙第一、三、四、八、一〇、一一号各証の成立は不知、第二号証は官署作成部分の成立を認めその余は不知、第五号証は成立原本の存在ともに不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べ、

被告訴訟代理人は乙第一ないし第八号証、第一〇ないし第一九号証を提出し、証人坂下新一の証言、被告本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、本訴第一次的請求について、

(一)  原告がその主張のように大陽商事に対して債権を有することは、成立に争がない甲第一号証、証人山崎敏雄、同横田千二の各証言(各第一、二回)により認められる。

(二)  原告主張の本件係争登記の存在は当事者間に争がない。よつて右登記が無効であるとの原告主張につき判断する。

(三)  原告は右登記の無効理由として、先ず登記原因たる代物弁済契約は、被告が幸福相互から債権、抵当権と共に譲受けその地位を承継した代物弁済予約に基くものであるが、右代物弁済は不成立又は無効である旨主張し、そして原告主張のように幸福相互が大陽商事に対し債権、抵当権及び代物弁済予約上の権利を有していたところ、これを被告が債務の第三者弁済により譲受け取得したことは当事者間に争いがないところである。

(四)  ところで被告本人尋問の結果(第一、二回)により成立を認め得る乙第四、一〇、一一号証、成立に争がない甲第二号証、乙第一四ないし第一九号証、証人山崎敏雄の証言(第二回)被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告主張の一の(二)のとおり、被告が昭和三〇年一月一一日、保証協会の大陽商事に対し有していた求償債権を第三者弁済により取得し、これに伴い本件建物を目的とする根抵当権、代物弁済予約上の地位を譲受けたこと、右求償債権については既に最終弁済期(昭和二九年三月三日)を経過し履行遅滞にあつたこと、右弁済により保証協会より受戻した大陽商事の委任状、印鑑証明書等を用いて、(この点は当事者間に争がない)被告は右同日さきに幸福相互が為して被告が譲受けた仮登記に基く本登記としての本件係争登記を申請したこと、右第三者弁済ならびにこれによる権利者の変動については事前に大陽商事の諒解があつたのであるけれども、代物弁済の実行とその登記に際しては、被告は大陽商事に対しその際に別段の通知をしたことがなく、登記後数日を経た同月一五、六日頃、大陽商事代表取締役山崎敏雄に対し、代物弁済により登記を了した旨(但し両代物弁済予約のいずれによつたかを明らかにした形跡はない)告知(意思表示)したこと、被告が保証協会より承継した予約の内容は権利者において「一方的に時価を以て代物弁済として右に対する所有権を取得」し得べきもの(前掲乙第一六号証参照)であつたことの諸事実を認めることができ、以上の諸事実、殊に被告が為した本件係争本登記が先順位たる幸福相互の仮登記の本登記として為されたこと、右登記については次順位仮登記権利者たる保証協会の登記用書類が使用されたこと、右次順位の仮登記の被担保債権はすでに履行遅滞に陥つていたことの諸点に徴すると、被告は自己の手中に帰した同一相手方に対する二個の代物弁済予約上の完結権のうち先順位の幸福相互よりの権利のほか、次順位の保証協会より譲受けた予約完結権をも併せて同時に行使する意図を有し、その表現として便宜上先順位の権利のみを行使したが如き先順位仮登記に基く本登記を為したものであることを推測するに難くなく、右推定を覆すに足る証拠はない。しかしながら右先順位の幸福相互より得た代物弁済予約上の権利は、その被担保債権の弁済期が昭和三〇年一二月三一日に延期され、本登記の直前又はその直後においては、いまだ履行期に達していなかつたことは成立に争のない乙第七号証によつて明白であるから、予約完結権はいまだ発生しておらず、従つて権利行使をしても代物弁済の効果は生ずるに由なきものであるから、被告の権利行使のうち、その効力発生の余地の認められるのは、すでに履行期に在つて完結権の発生の是認せられた前記次順位仮登記に係る保証協会よりの譲受権利のみであるというべく、以下この権利の行使に基く本登記の効力について更に判断を進める。

(五)  ところで、右保証協会より譲受けた代物弁済予約の完結の趣旨の意思表示が債務者たる大陽商事に了知されたのは本件係争登記上、登記受付日兼その原因発生日として記載された昭和三〇年一月一一日と数日の隔りがあるけれども、さきに認定した右の前後の事情をも綜合すると、これと右登記の表示する物権変動との間には、事後の見地よりすれば、その順位の点は別として、その間に、物権変動の当事者、所有権の移転、その原因たる法律行為の性質等に同一性を認められるが如くであるが、右の順位の点即ち、本件登記が先順位たる幸福相互の仮登記の本登記として為されておりながら、その登記原因たる物権変動は別個の仮登記即ち次順位たる保証協会の仮登記によつて保全された代物弁済予約に基くものである点は、登記と物権変動との間の同一性を否定するものといわざるを得ず、これを登記の面から見れば、登記簿上連繋関係の表示された仮登記とは実質において連繋しない本登記即ち仮登記の先占保全した登記簿上の順位へ位置すべからざる本登記であつて、本登記が本来占むべき適法な順位になされず、順位を誤つた登記として記入され、それが有効としてそのまま存続を許されることは、現在及び将来の利害関係人に不測の損害を及ぼすことは極めて看易いところであるからかゝる登記は原因関係に甚だしく符合せず実質上の権利関係を公示し得るに足りない登記として、更正登記の許容の埓外であり、単に順位の点のみならず、その本登記全体として無効のものと解するのを相当とする。そうすれば本件係争登記は原告主張の他の無効原因の有無を審査するまでもなく、右の点においてすでに無効であり、被告においてこれが抹消の義務あるべく、債権者代位権に基くその抹消を求める原告の請求は正当として認容しなければならない。

二、本訴第二、三次請求については、前記第一次請求が認容せられる以上、その当否の判断はしない。

三、反訴について、

(一)  先ず原告の本案前の抗弁について見るに、反訴において被告の主張する仮登記、抵当権設定登記の各抹消登記請求権の成否は、本訴第一次的請求である本件係争登記抹消登記請求権の有無、すなわち右登記が有効であるか否か、及びこれとの順位の優劣にかかつているのであるから、原告主張のように反訴の要件を欠くものとはいえず、右反訴を不適法とする原告の主張は採用できない。

(二)  被告主張の仮登記、抵当権設定登記(いずれも昭和二九年二月一五日付)がなされていることは当事者間に争がないが本件係争登記が有効と認められないことは既に認定したところであるから、右登記の有効に存することを前提とする反訴請求は、その余の点について審査するまでもなく、失当として棄却を免れない。

四、結論

よつて本訴の第一次請求を認容し、反訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 奥村正策 山下巌)

目録

大阪市東区高麗橋一丁目七番地上、家屋番号同町第六三番

一、鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建事務所

建坪 二九坪二合七勺

二階坪 二九坪二合七勺

三階坪 二九坪二合七勺

四階坪 二九坪二合七勺

地下坪 一〇坪八合四勺

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例